コロナ禍による運動不足解消のため、まだ人の込まない早朝にウオーキングするようになって、早や半年。
当初は場所に拘らず、適当に歩いていましたが、昼は人でごった返している場所が、早朝は店のシャッターも降り閑散としています。
これまでは素通りしていましたが、良く見てみるとシャッターはカラフルだし、自分一人で歩いているという一種の征服感みたいな気持ちにもなり、案外楽しいと思うようになりました。
また、賑わっている写真は、ネットでもよく見かけますが、朝の風景は殆ど紹介されていない事も気づきました。
と、いう事で、独特の風景を紹介したく、シャッターを押したのですが、紹介するならその場所の歴史等も併せて掲載していくと、さらに愛着も沸くと思い、ネットで調べさせていただいた情報等を基に、ご紹介していきたいと思います。
まずは、東京でも有数の混雑観光地、「原宿 竹下通り」です。
朝の竹下通り
原宿駅を降りると、真正面に竹下通があります。日中はすさまじい人で、警察が出動して歩行制限が行われています。筆者も何回かトライしましたが、途中で行って引き返す事もしばしばありました。
それでは、朝の竹下通りを順にご紹介します。まず、驚いたのは、竹下通りは、レンガ道なのですね。しかも紋様になっていて、綺麗です。
一体いつ頃どのように敷き詰めたのでしょうね。通行止めにして、さぞ大変だったと思います。
しばらく歩いていると、ゴミ収集車が、かなりのスピードで追い抜いていきました。少し怖かった。
朝の竹下通りのSHOP模様
日中は、若い人たちで、大混雑のSHOP。どのような建物なのか、店がオープンしているとわかりませんが、シャッターには様々なデザインが施されて、アート作品のように仕上がっています。
アクセサリーSHOP レディスファッションのSHOP
どの建物も、アートを感じますね。
閑散とした竹下通りを直進して、ゴールに着きました。
所要時間、7分ほどでしたが、人混みでは見られない、アートな風景が見れて面白いです。
遠くから来た旅行者の方には、早めに起きて朝の竹下通りを訪れる事を、ぜひぜひお勧めします。
竹下通りの歴史
竹下通りの歴史について、いろいろ調べました。もちろんウイキペディアが文献としては最も参考になるのですが、他にも探してみると、「TABIYORI」というサイトが、写真も豊富で、コンパクトに竹下通の歴史を記載していましたので、ご紹介します。
明治通りに複合ビル パレフランセがオープンした1974年は竹下通り元年と呼ばれ、この年から原宿の商店街化が進みました。77年にはクレープ店が開店し、原宿名物となる大人気となりました。また、79年にはブティック・竹の子の衣装を着て歩行者天国で踊る竹の子族が一躍話題になったことも有名です。
tabiyori
1990年代後半になると竹下通りには日本のサブカルチャーとして誕生したゴスロリやパンクファッションに身を包む若者で賑わいました。竹下通り育ちの世界的で有名なきゃりーぱみゅぱみゅに代表される個性的でポップなファッションも、世界的なカワイイ文化として今も海外で流行しています。